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映画てらほくん~伊藤英明と三代目Jsoulbrothers

久しぶりに自分から地雷に飛び込む儀を執り行ったので雑感など。

一部好事家の間で話題が沸騰してる『テラフォーマーズ』観てきましたとも。

ただ、結論から先に言えばこの映画をデビルマン級だのキャシャーン級だのと評価している方はやや誇張した映画評がお好みなのかなーと言わざるを得ない。
お話としてはごく単純に原作1巻バグズ2号編をなぞっているので目につく破綻はないし、
俳優陣の演技も観客の好みの範囲に収まるレベルで決してでーもんになっちゃったりはしない。
映像面でも圧倒的大滝秀治空間で我々の脳を侵したりはしないしゴアも謎の白い液体がフォローしますので安心してご覧いただけます。

じゃあ特に問題ないじゃないかって?
誰もそんなこと言ってないだろォ…。

思うにこの映画のポイントは2つ。

「テンポ」と「原作再現と改編要素のちぐはぐさ」

言葉にすればそんなことかーだけど相乗作用でえらいことになってるのがもう…

まず「テンポ」から。
テラフォーマーズといえば能力解説からカッコいいキメの絵につなげるナレーション芸。
本作でも池田秀一さんの渋いナレーションが入りバグズ手術を受けたクルーの活躍を盛り上げる、…んだが。
が、
いかんせん、その回数が、多、い。
もう変身するたびに○○の能力はこれこれの虫で~を繰り返し、挙げ句の果てに「この人たちは死んだけど能力はこの虫だよ!」とかやり始めるのでこっちとしては脳内で「ええいシャア!」とアムロがイラつき始めるので本当につらい。
これは連載方式の漫画を2時間にまとめた弊害だと思われますな。1話分のヤマに当たる部分を次々と体験させられるので耐性がついちゃうような。
そしてこれは非常に贅沢な悩みなんですが原作にはなかった即死キャラが少しずつ活躍することによって展開が間延びするという…うごご
ニジイロクワガタの甲皮!ぐえー!
クロカタゾウムシの鎧!ぐえー!
テラフォーマーズはこれがあればこそ、敵であるじょうじの脅威が倍率ドンになって危機感と、戦える者の強さが浮き彫りになる構造だった、ような気がする…自信なくなってきた…。
本当にもったいないんですがここはあえて活躍キャラを取捨選択しておくべきだったんじゃないかなーと頭を抱えた次第。事務所に申し訳が立たないかーそうかー。
…他にも「2時間にするために取ってある間」みたいなものは散見されますが一旦割愛して次。

改編するところと原作を拾ってるところのちぐはぐさ、について以下目についたところを。

・登場人物全員日本人
これは悪くない。
どうしたってあんな多国籍メンバーを忠実に揃えるのは厳しいですし。
…じゃあなんで思わせ振りに外国語しゃべらせたの?国際社会に対応するためかな?
・バグズ2号ギスギスしすぎ問題
金のために集った。境遇も違う。それでも一応のまとまりがあり、仲間意識があったからこそ終盤の展開に説得力が増す。
小吉と仁のライバル性(のようなもの)も別に回収、昇華されるわけでもないので小さな異物感として残る。
#俺がやるにしてもあのタイミングで言ったところで大した重みもない。
・自分の力すら知らなかったそんなの…
このおかげでゴッド・リーのゴッド・リーポイントが減算されたのは痛い。
先手必勝→面白ェ…のゴールデンパターンに瑕が。
・ヤクザ
三池監督はヤクザを出さないと死んでしまう病気にかかっています。ヤクザも死にます。
・最終決戦がお外
続編要素をパージするため、サバクトビバッタの空中戦につなげるための改変箇所だと思われますが、これのおかげでイチローだけが艦内に居残り、なんか二人きりの脱出が非常に座りが悪くなった感が。
・ラストのあれ
デザインは悪くなかったと思う。
・ラストのあれがカットされてたこと
潔いと思う。

いや色々あったな…。
ただそれでいて原作のフレーズを見てとれる形で入れてあるからなんか歪さが…。
「だったら細かい変更入れずにバグズ2号編のストーリーを忠実に再現すればよかったんじゃないですか!」ってなる…。
いやU-NASA関連のパージの仕方とかは割かし綺麗なんで本当にそう思うの。

いいところもあったんだけどねー
WWZみたい!って思わずはしゃいだとことか、ケイン・コスギが高度なレベルでゴッド・リーと融合してたりとかじょうじが群れでくるとこの劇伴とか意外とスーツのケツがエッチなとことかオタクは本当に●●●●が好きだなとか。

それでも全体的にテンポが悶死してるせいでどうしてもアラを認識する間が発生しちゃうのがすごく惜しい。
もう少し圧縮して勢いで押しても良かったんじゃないだろうか…!

というわけで「割と悪くないけど残念感は拭えない、予算をかけたむしむしQ」という表現で、一つ。

あ、大事なこと忘れてた。



聖書朗読、カットです。




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シヨン雑記。

何はともあれ『ニンジャスレイヤーフロムアニメイシヨン』全話終了ということで
翻訳チーム、関係各所、視聴者諸氏は本当にオツカレサマドスエ。

26話に関してはもう『ニンジャスレイヤーフロムアニメイシヨン』としての(←大事なとこ)の集大成であり、『ニンジャスレイヤーフロムアニメイシヨン』としての(←大)第一部最終話に対するパーフェクトな解答であると思います。
百万回殴られたスキャッター=サンリフレイン演出であったり、フートンであったり、ナラクダイブであったり、一枚絵から動画を行ったり来たりする演出であり、「ウェルカム・トゥ・ネオサイタマ」を思い起こさせるキャラクターのカット、あの一文で締めたり、エンディングのあれだったり、
他メディアミックスまで踏まえたファンサービスと制作会社のカラテが存分に入れ込まれた百点の出来であったとは思うのです。

思うのです、が

そこまで引っ張らなくてもいいじゃん…という肩透かしされた感覚があったのもまた事実。
書き割りみたいな一枚絵からわらいなく兄者バージョンのあのポーズでバーン!16:9になったぜ!でキメたらもう後は全部動かしても良かったんじゃねえの…?
ああやってキャラクターのカットをつないでいって顔アップからあの一文そしてエンディングテーマにつなぐんならあそこでいつもの一回挟む必要あった?ありましたか…?
みたいな微かに引っ掛かる部分が解消されていればサンオクテンは出ていた。間違いない。

んで何でこの辺りが引っ掛かるか?といえば、
やっぱり1話観た直後からわだかまって、視聴が進むにつれて「今回も楽しかったね!」の裏で少しずつ澱のように溜まり続けた「俺が観たかったのはこんなアニメではない」が顔を出すからなんだなあと。
25話分君たちの流儀に、若干のスカム成分に付き合ったんだから最後くらいいいじゃないかと。
そういう浅ましい欲望がね、未練がましくこっちを見ている。その視線を感じてしまうわけなんですよ。

「アイエエの小説」の「アイエエ」の部分だとか
常人には観測できないニンジャのイクサの表現だとか
作画リソースの節約だとか
ほんやくチームがインフェルノコップ大好きマンだとか
一歩引けば理由は見出だせると思う。
そのどれも妥当だし納得できる理由だとも思う。

それでもやっぱりしっかり動くニンジャスレイヤーのアニメが観たいんだよなァ~!
これはエゴだけれども!
ピストルカラテ!
真のフーリンカザン!
チョップ概念!
モーターツヨシ!
アノマロカリス
前を、閉じろ!
\先輩/!
あぁ観たい!
アニメが無理ならせっかくだしハリウッドいこうぜ!
左右の幅がほしいなら同時上映教導アニメ『たのしいにんじゃすれいやー~じてんしゃのマナーへん』とかでもいいじゃん!
カネなら出すぞ!(ティピカル汚い金持ちムーブ)

と『シヨン』に一部ブー垂れながらも一方でガンガンテンション上がるんですよね、「ニンジャスレイヤーが実際に動画作品としてメディアミックスされた」という事実は。
これは間違いなく原作のパワでありカラテであり、
牽引力なんだなと。

『ニンジャスレイヤーフロムアニメイシヨン』全26話のイクサを通して改めてこんな混沌とした感情の火種をくべてくれる『ニンジャスレイヤー』のカラテ衝撃が身に染みた次第。

改めて皆さんオツカレサマドスエ
そしてありがとうございました。
これからも一ヘッズとしてセルフ管理メントしながらついていきます。


ブラックヘイズ=サンは別媒体で来るんでしょう?
私は詳しいんだ。